なりすまし

 「小説新潮 2010年10月号」(新潮社 刊)の特集”大人のための青春小説「あの頃を遠く離れて」”というタイトルが見えたので、何をいまさらと思いながらも手に取っていました。

 でもトップ記事は、特集とは関係のない、沢木耕太郎の『なりすまし』(ポーカー・フェース)というもので、これは面白く読むことができました。

 井上ひさしさんの本を探すことから始まり、読みたいと思っていた物以外にも目を通すことになった、その内容から入っていきます。

 昭和22年ごろ、井上さんの本家筋で居酒屋をやっていて、そこに井伏鱒二がやってきたという事で井上さんが、覗きに行くと、痩せて髪の毛がたたったような文士像とは、まったく異なるふくよかな仏さまのような人がそこにいたんだとか。

 後で、知るところによると、この人は偽の井伏鱒二だったんだそうです。その井上さんお本家筋の居酒屋の当主は、もちろん井伏鱒二が偽物であることは知っていたんだそうです。しかも、この当時、太宰治などの文士の偽物が、やってきては飲み食いしていて、偽物と知りながらも飲み食いをさせていたということでした。

 テレビやインターネットが普及している現代と比べ、顔が違っても、偽物として通用したんでしょうか。でも、ばれているところを見ると、寛容な社会だったのかもしれませんね。

 そんな話から、おれおれ詐欺や、ローマの休日のアン王女と新聞記者ジョーの身分を隠した恋物語など、故意・偶然など、”なりすまし”てしまうという事を取り上げていきます。

 そして、何年も、自分自身が、大学の教授に間違えられているという事に気がついたのだが、事実を話すことができなかったということも書いています。

 極めつけは、ある日、ミナミのバーのマダムから電話が突然掛かってきて、仕方なく会う事となり、待ち合わせ場所に行ってみてあった時の、そのバーのマダムの怪訝そうな顔を見る羽目になるわけです。

 沢木耕太郎と名乗る人がいい男なんですかと聞くと、とてもいい男だという返事が返って来たという事で締めていました。

 そんなにいい男なら、そのバーのマダムも、沢木耕太郎という作家の事などは知らない様子なので、わざわざ、名前を騙らなくてもいいのではないかと思ったそうです。

 『なりすまし』てしまわなければならないことって、結構ありますね。


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2010-09-22

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