本人同意なき「新脳死移植」の恐怖

 「週刊文春 2010年9月23日号」(文藝春秋社 刊)の方は、どうなっているのかな、と見ると、”手負いの小沢一郎が民主党をブッ壊す”という特集でした。

 ”▼次を狙う新キャッチフレーズは「救国内閣」”などと、馬鹿みたいに、政治情況をもてあそぶのはやめたらいいのにと思う目次ばかりが並びます。

 どうして、「救国内閣」がいけないのか!

 週刊文春の本に現実があるわけではないのが、どうしてわからないんでしょうかね。

 政治家が、「救国内閣」としてでも、政治体制を変えていかなければ、もっともっと救いようのない社会になってしまうということを危惧していること、それこそ、考えてあげなくてはいけないんでしょうにね。

 無責任に、スキャンダルを流し続ける害悪を自己反省した方が、よっぽどいいんじゃないでしょうか?


 ”小沢はまだ死んでいない!緊急座談会 福田和也×若林亜紀×後藤謙次”

 なんていう記事もありましたが、当たり前です。

 今週号で、ましな記事は、

 ● 厚労省 村木元局長を責め立てた検事「汚れた前科」


 ● 親が臓器提供を申し出た 本人同意なき「新脳死移植」の恐怖
   生後15週間、3カ月の乳児に「虐待」疑惑!?

の2本でした。

 最初の村木さんの記事は、村木さんの担当検察官が、問題のある検察官であることが綴られています。

 暴力団員との取引や取り調べ時の恫喝など、以前から問題が山積した検事なんだとか。

 不思議ですね。村木さんが無罪で、検察は控訴しない方針だとかニュースが流れていましたが、話が逆でしょう。

 冤罪をしかけ、人の人生を狂わせた検事に、なんの責任も生じないとすれば、警察官以上に、無責任きわまる組織ではないでしょうか。

 このような検事は、懲戒免職でしょう。

 こんな人間が検察を勤め上げると弁護士になるんですか? それともテレビのコメンテーターかな?

 後者の臓器移植では、交通事故で搬送された青年がヘルメットをしていたので、頭は異常がなかったのだが、突然幼態が急変し亡くなったのだそうです。
 
 病院に遺族が行くと、検察の検視官がすでにいて、警察の方では手が出なく、検察のいうがままに死亡という事で、頭に何のけががないのに亡くなってしまったという不審な案件なのに、司法解剖もせずに死亡を宣告され、臓器移植に回されたんだそうです。

 また、子供の臓器移植の話が出た時、子供の体に、不審な虐待の後を認めたため、臓器移植を断ったという話も載っていました。

 こういった話を聞くと、以前、河野太郎が、テレビの討論番組で、臓器移植法案を、もう少し論議する必要があるという人に対し、怒りまくった顔をして、臓器提供を待っている人がいっぱいいるんだ、今でも、死んでしまう人はいるんだ、と性急な臓器移植法案の可決を主張していた姿を思い出します。

 この人たちの正義がおかしいのは、あくまでも、死なれた人は人間として死なれたわけで、臓器製造機械として死なれたわけではないということです。

 申し訳ないですが、まず、亡くなられた方を優先的に考えるのが普通ではないでしょうか?

 この性急な臓器移植法により、本人同意がない例が、続々と伝えられています。

 この記事を読むと、現場体制(臓器移植ネットワーク)の不備や子供の虐待死など、問題点があり、稚拙すぎたのではないかという気がしました。

 もっと、死というものを、丁寧に扱うべきでしょう。



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