日本の花火はなぜ世界一なのか?

 「日本の花火はなぜ世界一なのか?」泉谷 玄作 著/講談社 刊)という、夏にはなくてはならない”花火”について、写真とともに、著者が各地の花火師に聞いた事や歴史的なことなどが書かれていて、そうなんだという事ばかりでした。


 何が、日本花火が他の国と違うのかというと、花火が打ち上げられ、上昇する力と引力で落下する力がつり合ったところ(座する)で「開発」(爆発する)した時に、真円であり、飛翔する中に収まった火薬(星)の色が変化するということが、まったく日本独特のものなんだそうです。

 著者が各国を回り見た花火は、単に、沢山の花火が、連続して撃ちあがり、真円ではなく広がり、落ちてくるだけのものばかりなんだそうです。

 しかし、この日本独自の発展の仕方は、大昔からあったわけではなく、今のようなスタイルを開発していったのは、明治から大正、昭和にかけての花火師たちの切磋琢磨した追及の結果なんだそうです。

 種子島屁の鉄砲伝来と同じころに伝わってきたものが、江戸時代にあなり、特に、8代将軍吉宗の時に、墨田川で開かれた花火の打ち上げ以降、両国で鍵屋と玉屋とが競い合うようになって発展したんだそうです。

 ただ、この時の花火は、燃焼温度を高められないため、木炭の燃えるような赤という色で、木炭の種類などを変えることで違いを出していたんだとか。

 明治以降、西洋から種々の薬剤が手に入り、それを用いることで、現在のような豊富な色模様の花火を堪能できるようになったんだそうです。

 この明治以降の新しい花火を「洋火」といい、それまでの物を「和火」といいわけているということでした。

 な~んだと思ったのは、本の最初の方では、玉屋は、鍵屋から分家独立したものであるというようなことが書いてあり、確か、おぼろげながら、そう言われれば、そういう風に聞いていたよなぁと思って読み進み、最後の方で、実は、そうではなかったんではないかという事が検証されていました。

 玉屋が分家したといわれる前の時代の絵に、玉屋の名前が書いてある花火の絵が、結構あるんだそうです。

 また、確かに分家したという証拠は残っていないんだとか。

 どうも、誰かが言いだした話が、そのまま定着してしまた用ですね。

 たまに、テレビで、花火大会を見ると、長ったらしい名前が言われるので、何で、こんな訳のわからない名前なのかなぁと、いつも不思議に思っていました。

 この長ったらしい名前は、合成語だったんですね。

 花火が打ち上がって、座するまでの挙動、開発の挙動、拡散する挙動といった、各打ち上げ後の状態についた名前なんでした。

 ようやく、すっきりしました。

 ちょっと判サイズが小さいので、花火の写真がもったいない気がしました。もう少し大きなサイズで、花火を印刷していればという点が残念でしたが、花火について、分りやすく解説されていてよかったですね。




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