脳はなにかと言い訳する

 「脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!?―」(池谷 裕二 著/新潮社 刊)は、以前、祥伝社にて単行本で出版されたものを文庫化したもので、VISAの会員誌に連載されていたものに手を加え、各章に、口述しテープ起こしした、本題をもう少し自由な地点に展開した文書を付加した内容になっています。

 何に惹きつけられたかというと、人間が、例えば洋服のボタンをかけるとき、何もなければ、手が勝手に動くような感じで、無意識に行われ、途中でボタンがない時、はじめて、どうしたらいいんだと意識が刺激されるという、出だしの文章を読んで面白いなぁと思ったことにあります。

 つまり、人間の行動の多くが無意識に行われていることが多く、”意外さ”を感じた時に、意識が刺激され、脳が柔軟に発達するという点が、なるほどと思ったということです。

 脳で記憶をつかさどる”海馬”の話では、”海馬”を取ってしまうと、現在時点のことが記憶されなくなることがわかり、”海馬”は、記憶処理を行う部位であり、記憶自体は別な部分であるということでした。

 ここらあたりは、どこかで読んだ気もしたのですが、”ストレス”と”ストレッサー”の話になって、あっ、そう言われればそうなんだという気がしました。

 ”ストレッサー”というものが、人間に”ストレス”を与える環境などであり、”ストレス”とは、『主観的に人間が圧力と感じること』であるというくだりを読んで、目が覚める思いがしました。

 主観的なんですね、ストレスは。

 であるがゆえに、経験という記憶によって、ストレスはストレスと感じなくさせることができるということでした。

 それから、へぇ~と思ったのが、虹の色数のことで、虹が7色というのは日本で、イギリス・アメリカは6色、フランス・中国などは5色で、沖縄は2色ということがかいてあり、驚いてしまいました。日本の7色も近代になってからであり、平安時代には違っていたんだという事が分りました。

 また、宝くじを何で買ってしまうのかとい所では、人間は、掛け金が多くなれば、確実な方を選ぶが、サルに対する実験では、確率が低くとも、大きなバックを見込める方を選択するのだそうです。ということは、人間にも、もともと賭け事を好む性質があるのではという事で、これは、一体、脳の仕業なのか、あるいは、何か別な要因なのか考えさせられます。

 このように、この本では、これまで思いこんでいたことが、実は違うんだという事を、最新の脳に関する話を交えて書かれていて、とても面白いなぁという気になりました。




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