中年引きこもりクライシス

 「週刊朝日 2010年6月18日号」(朝日新聞出版 刊)では、政治の記事以外に、気になる記事が載っていました。『中年引きこもりクライシス/(1)自分の存在を知られたくない』(杉山 春 著)という連載記事です。

 ”息子(次男)は41歳。23年間引きこもっている。朝7時に寝て、夜7時に起きる。自分は73歳。日本人の平均寿命まであと5年。それまでに何ができるのか?”というような出だしの紹介で始まる、この記事に目を奪われました。

 長男とそんなに違って育てた覚えはないのに。

 今、高年齢での引きこもりが多くなっているのだそうです。

 それは、年齢が高くなってから引きこもる人が増えたということと、一旦引きこもると、そこから抜け出せる人は、1~3割ほどしかいないということのようです。

 何が問題か、問題はいっぱいあるでしょうが、社会との接触がないため、引きこもった時の社会経験しかないため、高齢になればなるほど、社会に出ていきにくくなる、つまり社会経験で育つ部分が幼いままであるということが、社会復帰への大きな足枷になっているようです。

 長期化する、引きこもり。悩みが尽きません。親も年をとり、先行きの見えない不安が増すばかりです。

 この記事を読んでいると、暴力をふるう子もあり、親のせいだと何時間も親を責める子もあり、その人たちの苦しみを思わざるを得ません。

 これほど、社会から隔離された精神構造は、なぜ生まれてしまうんでしょうか?

 甘やかし、本人のやる気なさなど、いろいろ言われますが、本当にそうでしょうか?

 大学入試に失敗してから引きこもったり、何かちょっとしたことがきっかけのような気がします。

 引きこもっている人は、決して、引きこもっているという思いはないという気がします。病気だとか、特殊だとかと思われるのは、一番いやなんではないでしょうか?

 しかし、自分は、『絶対的に駄目だ』という気持ちが強いような気がします。

 だから、ちょっとしたことでも、すぐに感情的になるのではないかと思います。

 例えば、そういった子に、”あなたの親も大変なのは、もうあなたも大人なんだから分るでしょう。頑張りなさい。”なんて言う、そのものずばりを言えば、きっと大荒れに荒れると思います。

 何故なら、世の中で、一番ダメでどうにもできない自分を苛んでいるので、重々、親の大変さは分っており、善意で、第三者から、そういわれるのは、決定的な言葉になってしまうからだという気がします。

 自分のふがいなさを一番感じているのが、当人だからで、家の中でしか、かろうじて自分を保てないんだと思います。

 どこかで、決定的に、自分が駄目だというアリ地獄に落ち、親を困らせるなとか、努力をしないとかと言われるのが、他人からどう見えても、必死に、アリ地獄から抜け出そうとしているのを分ってくれないという、アリ地獄に突き落とされる気持になってしまうのではないかなぁと思ったりしています。

 そして、長期化したしまって大きな問題は、アリ地獄にウスバカゲロウの幼虫がいないということに安住してしまうこともあるのではないでしょうか?

 あせって対処するのも、長期化するのもいけないという、何ともやっかいなものですね。

 立ち直させようとすればするほど、自分が駄目な人間だと思いこんでしまい、何もしなければ安住してしまう、こんな苦しみは、どうすればいいのか!

 連載1回目なので、引き続き、次回以降の記事に注目したいですね。

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