ラバウル航空隊

 「歴史街道2010年7月号」(PHP研究所 刊)は、『零戦とラバウル航空隊』を取り上げ、”不撓不屈のエースたち”の活躍を取り上げていました。

 戦後世代の私でも、何故か、ラバウル航空隊とか零戦というと、ちょっと気になってしまいます。

 坂井 三郎西澤 廣義岩本 徹三というおなじみのパイロットを中心に、エースたちの戦いを描いています。

 坂井が、初速の遅い20mm機銃より、7.7mm機銃を重視し、機体では敵の防護に阻まれ撃墜できないので、パイロットを狙って撃っていたとか、坂井が飛行機を飛ばすとかということ自体が好きであったのではないかというのに対し、西澤と岩本は初速の遅い20mm機銃を重視し、その欠点をカバーすべく、戦い方も敵機上空より急降下して一撃離脱するという方法を取っていたということでした。西澤と岩本は、飛行機というより戦うということに重きを置いていたのではないかということでした。

 戦闘機パイロットが、孤独な戦いを最終的には強いられ、生き残ったということは勝ったということで、ボクサーがKO勝ちを連続していくというリングの孤独を思い起こさせるような、それ以上なんでしょうが。アメリカ軍と異なり、撃ち落とされたら捜索救出なんていうことのない日本軍では、即、死を意味しているわけで、自信は相当なものだったと記されています。

 坂井→西澤→岩本と、連続して配属されたようですが、重なることはなかったみたいですね。

 ラバウル小唄なんあって、小さい頃聞いていたような気がします。

 また、父親が、激戦になる前にラバウルに通信兵として行っていたと聞いたりしていたので、そんなことも、何か、特別にラバウルが記憶に残っているのかもしれませんが。

 零戦の話も当然のように出てきますが、設計者の堀越二郎は、九六式艦上戦闘機の時とは異なり、クローズした風防、引き込み式の脚、超高硬度ジュラルミンの採用など、軽量で航続距離の長い格闘戦に有利な機体を作ることに成功し、第二次世界大戦の緒戦を圧倒的な勝利に導いたのですが、いかんせん、栄21型星型空冷14気筒エンジンの出力が、他国の戦闘機が2000馬力を超得て行くのに対し、1000馬力強しか出力アップが望めなかったという不運には勝てなくなっていったようです。

 エンジンを1500馬力の金星に変えた試作機のスペックが、各国の代表的な戦闘機との比較という形で掲載されていました。

 このころには、堀越さんは烈風の方にかかりきりで、零戦の方には携わっていなかったみたいですね。

 それにしても、合計10,000機以上製造されたということですから、すごいものです。

 真正面から見る形は、きれいなもんです。

 矛盾しているようでうが、兵器に美しさを感じてしまうのはどうしてなんでしょうかね。

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