帰りは高架

 このブログも1001投稿(?)となり、何とか初心としてめざしていた1000回を超えることができ、まだ6月にはなっていなかったのですが、先取りで川崎大師に行ってきました。

 行事が何もないせいか、静かな雰囲気で、天気も悪いのもあるのでしょうが出店も出ていましたが、ゆったりと参拝することができました。

 水子地蔵(観音)のところまで行くと、お年寄りご夫妻が手を合わせていたので、しばらく、待って、お二人が本堂の方に戻るのを確認してから、水子地蔵の前に行きました。水子地蔵の顔も、今日は、幾分穏やかな感じで、ほっとして手を合わせお参りを済ませました。

 いつものように、裏門から大師駅に向かおうと思いましたが、いけも見てないなぁと思い立ち、池に向かい、池の中を除くとはうの花が、白と赤の花を咲かせていて、大きくはないのですが、何故か、存在感のある佇まいでした。池の正面の金色の仏様にも手を合わせ、正門の通りを抜けると、両側のお店の声がうるさいので、一本裏の道を通って、駅まで向かいました。

 途中、川崎大師稲荷400mとあったので、そこに行って見ようと思い歩き出しましたが、結局、線路も渡り、どんどん行っても見当たりません。突き当たってしまいました。

 迷子になるのも嫌なので、方向が分るうちに駅の方へ曲がっていきました。

 さて、平和島から京急にのって川崎に行くときには、何の違和感もなく京急に乗っていったのですが。帰りに川崎から平和島に戻るときに、あれ? と思いました。

 梅屋敷で、いつも放送される”後ろ2両の扉があ行きません”の車内放送がなく、駅に止まったからです。で、窓の外を見ると、全くいつものホームと違っています。

 そう、高架になったホームだったんです。

 ということは、方側は、もう新しい高架の線路だったんですね。

 そういえば、京急蒲田の駅も、何か、雰囲気が違っていました。

 ノンストップで京急蒲田に止まらず羽田に行ってしまうことでもめている京急蒲田のホームも、電車の中からしか見なかったのですが。こぎれいでしたね。

 いつの間にか、変っているもんです。

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