「憚りながら」発見

 「憚りながら」(後藤 忠政 著/宝島社 刊)をブックファーストで聞いたところ売り切れて注文になるとのことだったので、イトーヨーカドーのくまざわ書店に行きました。書棚に1冊あるではないですか、しめしめ、というわけで、読んできました。

 後藤組組長を辞し、1年ということで、最初で最後の本になるでしょうと言うことが書かれていました。

 ”しょせん俺は、チンピラでしかなかった。”

 いま振り返り、生まれから現在に至るまでの、ああ、あの事件のことかと思うことについて、当事者でしか知られざる内容、しかも、暴力団を悪のイメージでしか書かないマスコミが触れていない、いやわざと隠してきたことも語れれていて、なるほどなぁと思いました。

 私より少し上で、男ばかりの4人兄弟の末っ子であるという点は、何か、私と同じで、末っ子なんだと思ってしまいました。

 同じような家族構成でも、人生は色々で、こうも違うものだなぁと感心してしまいます。

 品川にいた時、著者が2歳で母がなくなり、酒屋さんをやめた父と父の実家である富士宮に移り住んだ所から、著者の、人生はスタートしているようです。

 富士宮駅から家まで全部が祖父の土地であったという大地主の家系だったのです。この祖父が、すごいやり手で、駿河銀行をはじめ、色々な事業を興したり、政財界のつながりが深く、羽振りも良かったようです。

 しかし、父の方は、アル中で、母をなくした著者と祖母に対し、ひどい仕打ちをしていたようです。実の母にしか不満をぶつけることができない弱い人のようでした。

 戦後の農地解放で土地を失い、それでも、実家は1000坪くらいあったそうですが、この父は、酒におぼれるしかなかったようで、著者の子供のころは、荒んだいたのかもしれません。

 父と兄に、いじめられる日々、しかし、このことが著者の自立心と反逆精神を育てていったようでした。」
 愚連隊で名をあげ、山口組3代目田岡にあこがれ、富士宮に根を下ろして行く様がつづられていきます。

 山口組で武闘派と呼ばれ、それ以降、数々の事件が引き起こされることになるわけです。

 その中でも、富士宮の地元での創価学会、大石寺の件をはじめとし、結局、山崎弁護士、X(公明党)氏などといった仲介を通して池田の、創価学会の希望をかなえた上げたが、それらの側近を切り捨て、著者を切り捨てて行く、池田のことを怒っているようでした。

 この創価学会の池田との対比的に登場するのが、野村秋介であり、野村が朝日新聞にて抗議の自決をした時、司法解剖をするといって遺体を搬送しようとするのを身を挺して止め、権力に切り刻まれるのを阻止したくだりは、目頭が熱くなるものがあります。

 つまり、それだけ、野村秋介にほれ込んでいたのです。

 この本では、X氏(編集者? 注でこの人であろうという名が出ていますが)を除けば、実名で出てきているので、糸山英太郎の態度への怒りの場面や、駿河銀行の対応への怒りなど、あの人がと思いました。

 読んでいると、やることはハチャメチャですが、底を流れる反逆心や真摯さは、へたな政治家よりは上だよなぁという気にさせられてしまいました。
憚(はばか)りながら
宝島社
後藤 忠政

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