学習院院長が胸中を吐露

 「週刊朝日 2010年3月19日号」(朝日新聞出版 刊)を見て驚いてしまいました。「ご家庭で直していただかないと…」と題して、”愛子さま欠席騒動に学習院院長が胸中を吐露”ということで、学習院長・波多野 敬雄氏の談話が掲載されていました。

 皇太子さまも愛子には特別な扱いをしないで接してほしいと言われているし、今回の件も、直接、身体への危害を加えたわけではないので、この程度のことは、「ご家庭で直していただかないと…」と言うような内容でした。

 私は驚いてしまいました。

 なぜなら、、この件が、いみじくも本人が語っているように愛子さまという特別な存在への問題ではなく、日常起こっているということの問題意識の欠如を感じてしまうからです。

 週刊文春の記事では、首を絞めるとか下駄箱のところで、後ろから頭を押したというような記事内容だったと思うのですが、学習院長が、どこまで事実を把握しているのか、把握していても隠しているのか、あるいは、大したことはないと考えているのか、さっぱりわかりません。

 要するに、大騒ぎをするなということと、愛子さまもつんとしたところがあったり、挨拶をしないということがあったりという問題があるというようなことも言っているように読めましたが、その対応はないんじゃないのという気がします。

 確かに、テレビを見ている限り、そんな感じが見受けられることがありますが、それこそ、そういう場合には、挨拶をするように指導すれば、いいのではないでしょうか? 出来ないとすれば、その方が問題でしょう。皇太子が普通の扱いをという時は、そのような意味で言っているのだと思うのですが。

 しかし、今回のように、直接的な暴力、それも執拗な嫌がらせを行うということであれば、これは、皇太子の時代にもあった普通の子供同士の問題であるという風に片付けてしまう、あまりにも、現代社会を認識しない時代錯誤をした教育者の発言としか思えません。これでは、よくなるわけがありません。

 子供同士で解決するいつの時代にもある問題だという考えで、現代を考えることをやめてしまった教育者のミイラの姿を見てしまうようです。

 何故、週刊朝日が、このような一方的な意見を掲載するのか理解に苦しみます。この学習院長の態度にこそ、色々ないじめの問題で、教育に携わる無意識の無関心を象徴するもののように思ってしまいます。

 間違っては困るのですが、私たちは、それこそ愛子さまだから特別にどうのこうのと言っているのではなく、この一連の対応の仕方に現代教育の歪があるのではないかと問うているわけです。

 東宮太夫が、問題を起こしたとされる相手方への配慮が足りなかったのは申し訳なかったと述べているというような新聞記事がありましたが、本当に、そうでしょうか?週刊文春の記事が本当であるとすれば、問題児と被害者達の関係を、学習院院長の言うように、子供同士、家庭の躾の問題という風に学校の無策で解決したかのように処置してきたことにこそ大きな問題があるような気がして仕方ありません。

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