愛子さまいじめ 学習院の「崩壊」

 各週刊誌が、いわゆる「愛子さま」問題を取り上げていました。「週刊新潮 2010年3月18日号」『「愛子さま」不登校の全真相』、「週刊文集2010年3月18日号」は『愛子さまいじめ 学習院の「崩壊」』と題してトップ記事で扱われていました。テレビニュースでも取り上げられていました。

 「子供のケンカに東宮大夫」というような、子供の喧嘩に親が出て行ってといニュアンスの主張もあります。「週刊新潮 」の基本基調は、そのような感じでした。

 しかし、「週刊文集」の方は、もう少し、具体的な事実内容に踏み込んで、問題児とされる小学2年生で140cmと大柄な男の子に焦点を当て、その子の問題行動と、両親の対応などを取り上げていました。「週刊文集」の記事が正しければ、その子は、過程での厳しい扱いのはけ口に学校で某弱不尽な態度を取り、授業参観などでは、いかにも優しい子であるかのように、自分の親の前ではいい子を装うのだそうです。

 この様なことが、学習院という学校で起こっていたことに、まず、驚きました。というのは、当然のことながら、同学年の子は、厳重な審査を経た子供たちであろうと思っていたからです。「週刊文春」でも書いていましたが、やはり、「愛子さま」の同学年は、入学審査にあたり、優秀というよりは人格(?)として優しい・大人しい子を選んでいるということであり、そのような子供たちでも、集団になると違うのだという気がしてしまいました。

 ここで、このような形で、学習院でも、時代というものを免れないのだということがしてしまいます。

 沈静化しているようで、内実、多くの学校で、選別された児童の通う学習院ですらこうであるなら、もう、効率・私立を問わず、もっとひどい状況になっているのではないかと、危惧してしまいます。

 「愛子さま」問題でも、”子供の喧嘩”ということで考え様とする人や、昔だって、自分たちだってそうだったという人の意見が、出てきますが、その人たちは、現象が似ていても、深刻度が違うということに気がつかなければならないでしょう

 教師同士の不倫があったり、子供の傷害事件があったり、モンスターペアレントがいたり、学習院であうら、こんな状態であるということを、もっと真剣に考えなければいけないという気がしてしまいます。

 「週刊文春」が描く、「愛子さま」に対する、問題児の具体的な行為を真実とすれば、いたずらの度を越した暴力であり、なおかつ、現代のいじめの象徴でもある”終わりのない”執拗さを考えれば、登校したくなくなる気持ちになるのは、ごくごく自然のことではないでしょうか?

 どうも、子供のやることというと、子供だから、いじめた方にも、それなりの理由があるとか、古き良き時代の子供集団を描いた意見になりがちですが、その子供であるが故の、残虐性というものを、昔以上に、真剣に考えないといけないと思います。

 学校が、家庭より低く見られている。教師が親より低く見られている。

 PTAがモンスターペアレントを生んだのではないかという気にもなってしまうような、PTA役員に対する教師のおべんちゃら。

 なるべくしてなったいるのかもしれません。

 ようするに、顔色しかうかがえなくなった教育者の末路ですね。一番の被害者は、子供たちでしょう。

 基本的には、「愛子さま」も、誰々もないんです。平等に、いけないことをしたらしかる、子供の残虐性と執拗さにしすぎるほどのない注意を払い、止めさせる。

 学習院の間違いは、大人しい、家柄のよい子を選んでおけば、問題は少ないだろうという頭しかない人たちしかいないというkとではないでしょうか?

 そして、崩壊してしまった教育システムを考えざるを得ません。



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小学館

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