お水を下さい

 「お水を下さい」哀願の声響く、と朝日新聞は伝えています。先日の天声人語にも、この一件が取り上げられていました。

 ”当時近所に住んでいた人によると、部屋からは怒鳴り声や子どもの泣き声が毎日のように聞こえた。「お水を下さい」と哀願する声も響いていたという。 ”と2010年3月5日1時35分配信のasahi.comでは書かれていました。
 
 近所で、聞こえたのが本当としても、近所の人が入っていくのは難しいですね。普段から、付き合いがあって、よくいききし内情を知っていれば、多少は、何とかならないかと思いますが、付き合いもなくお互い疎遠な状態が普通である都会生活では、かえって、悲惨な事件を生むかもしれないし、近隣住民が出てくるのは、いつも事後の、そういえばでしかないような気がします。それ以上は、逆にどうすればいいのでしょうか?

 どこに連絡すればいいのか、誰に相談すればいいのか?

 私たちは、意外と、相談のつてを知らないし、持っていないと言えるのではないでしょうか?

 警察(交番)、学校(幼稚園・保育所9、児童相談所?

 何故、私たちは、困ってしまうかというと、これらの行政機関が、役に立たないというのが透けて見えているからではないでしょうか?

 いつも、忙しい、その程度は自分で解決しなさい、こちらではなくあちらでそうだんしてください、の役所言葉にうんざりしているのではないでしょうか?

 要するに、家庭内の問題は、全部、自分たちで処理してね、だって、私たち、忙しんだもの、というのが行政の対応なんでしょうかね。

 衰弱していくわが子を毎日見ながら、その脇で、自分たちは、きちんと食事をしている光景を想像すると、今、京浜急行で、六郷土手から京急川崎に行くときに車窓から見える、多摩川の河原に広がる、ゴルフの打ちっぱなしに興じる大勢の人のすぐ後ろに、青いビニールの小屋を建てて暮らしている、これまた多くの人という光景を思わざるを得ません。

 となりで死んでいる人がいても、私たちは、平気で、豪華な食事をできるのかもしれませんね。

 どこに、文明の救いがあるのでしょうか?

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