再度、国保はおかしくない

 「週刊ポスト2010/03/05日号」(小学館 刊)で、”【オリンピック考現学】「〈反省してま~す〉スノボ国母とニッポン社会」で呉智英が喝破!”と題した記事が載っていました。

 読むと、これは単なる服装の問題ではない、国の税金で、国を代表していったいるのだから、場をわきまえた態度を取らなければだめだということに尽きると思います。

 まず、何でオリンピックが国威発揚の場になってしまったのかと言う方が問題でしょう。

 ドレスコードを国保に教えなかったのがいけないというようなことも言っていました。

 で、よく読むと、なんらかの政治主張や思想的な主張があれば許されるが、単に、いまどきのファッションではないか、そんな軽薄なことをするなというのが言いたいようでした。

 つまり、今回は、国保本人の自覚が足りないのだそうです。

 本当に、そうでしょうか?

 若者のファッションには主張がないのでしょうか?

 思想や政治に凝り固まった頭で考えるとそう見えるだけなんではないでしょうかね。

 ファッションの底流にある思想が見えないだけでは?

 もし、国保のような人間に、税金を払ってまでオリンピックに行かせるのはやめりというのなら、そもそも、オリンピックなんていう無駄使いは辞めればいいんです。

 私は、これだけスポーツの種類も増え、やる人が世界的に広いということを感がれば、ワールドカップのような形式に、すべてしてしまい、オリンピックは、本当に、国毎の対抗戦なんていうスタイルをやめたらいいような気がして仕方ありません。それこそ、本当にスポーツの祭典とするように方向転換することの方がいいのではないでしょうか?

 所詮、無駄な税金の使用方法なのだから(無駄というのは、なくても食べるに困らないという意味ですが)、あんな服装のことを取り上げて、大騒ぎする評論家やマスコミの方がおかしいような気がしますがね。

 カナダの人で、国保ひとりの服装を問題にした人がいるんでしょうか?

 いいかげん、国国、というのはやめたら、と思うこのごろです。

 呉 智英さんの苦虫をかみつぶしたような写真を見たら、もっと楽にしたら、と言いたくなってしまいました。

 それでも、浅田真央さんいは、優勝してもらいたいです!!。

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