古韓尺

 「季刊 邪馬台国 104号」(梓書院 刊)に、当ブログの記事を掲載していただき、見本誌を送っていただきました。私の意見など、大したことはないので掲載していただいて恐縮している次第ですが、本号を読んで、『「古韓尺」で作られた纏向大型建物群 - 尺度が語る年代観と高句麗との関連 -』(新井 宏 著)という文章を読んで、なるほどと思いました。

 実は、これらの建物群が発見された時に、報道では、建築物群の構造線(?)が南北方向ではなく東西方向であり、これは中国にはなく、日本独自のものであるというようなことがしきりに言われていたので、よくわからないなぁという思いでいました。つまり、中国の影響があるより前の古い時代に建造されたことを強調したいのかなぁという気持ちでいました。

 そして、先日、お送りいただいた「季刊邪馬台国」を読み進めている時に、この『古韓尺』という尺度に関する話が出てきて、なるほど、こういうとらえ方もあるんだと感心したというわけです。

 そもそも、そんなに古代史にとっかかっているわけではないので、こんなに、尺度の基準の変遷があったとは知りませんでした。

 確かに、実測値を元に検証した、魏尺や漢尺より、筆者の提唱する『古韓尺』による解析結果の方が、建造物の尺度には適合している様子がうかがわれ、そうだとするならば、高句麗時代前の建造物ではないのではとする著者の指摘には合理的な理由があると思われました。

 しかしながら、尺度の単位というものは難しいものですね。組版の世界でも、ポイントよいう文字の大きさでも、ディドーポイント、アメリカンポイント、インチポイントなど、何種類もあり、成立のいきさつを含めて理解している人は少ないでしょうね。特に、メートル法で育ってきた私のようなものには、なかなか、尺と言ってもピンとこないですね。尺と言えば、尺骨で、釣りの肘たたきを思い浮かべますが、実は、尺取り虫で、手首から肘では長いし、指の動きを模して言っているときいていたので、変だなぁとは思っていたのですが、尺は、手を広げた時の親指の先端と中指の先端との距離だったんですね。知りませんでした。しかしなんで、親指と小指ではないんでしょうか? 体格差が反映されにくいのでしょうか?


 まぁ、ともかく、建造物に関しては、東西とか南北とかというよりは、尺度の基準の違いという観点は、大きな年代基準の一つになるような気がしました。逆にいえば、年代を測定できるほど、基準の尺度の絶対値の変更があったということを証明できないといけないわけですが。

季刊邪馬台国 2010年 02月号 [雑誌]
梓書院

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