新聞・テレビ 断末魔

 「週刊東洋経済2010/02/20日号」(東洋経済新報社 刊)を読んできました。”再生か破滅か 新聞・テレビ 断末魔”と特集タイトルにあるように、マスメディアの存続の危機を取り上げています。

 ここでは、新聞も雑誌も放送も、まぁ、いっしょくたに述べられている感がありますが、要するに、”マス”という概念が変化したのにどう対応するかでhないんでしょうか。

 究極のサービスとして、個人ごとの性向を記憶して、必要なデータを拾い集めたり、提供したりするという流れがありますが、どうも、この話には危険性を感じざるを得ないという気がします。

 どうなるかわかりませんが、身の回りのデータが、いわば、自分の都合のよいもので埋め尽くされるような気がして、ここに何か、大衆を操作しようとする方策を取る輩がいるような気がして仕方ありません。また、そうでなくても、自分の都合のよいデータだけに囲まれた生活というのは、面白くないですね。

 一見、個人の考えに対応した究極のサービスのような面ばかり強調されますが、実は、大きな範囲で見ると、得体のしれない者に支配されてしまうという危険があるような気がして仕方ありません。

 今の本屋さんのように、自分の趣味でもない、自分の反対の意見もある、なんでもあるという環境で、自分に適したものを探していくというものがなくなっていくのは、何か、危うい感じがしてしまいます。

 これは、技術の発展ということだけでは捉えられない者のような気がします。

 この中で、ウォールストリートジャーナルに関して「北尾吉孝氏が宣戦布告! WSJの敵は日経。5年で抜いて見せる」という記事がありましたが、どうも、この金・金という集団を体現している人達には、違和感を感じてしまいますね。

 現在のマスメディアがダメになるのはわかりますが、彼らが、データを受け取る側をどうとらえているのか、一言もないのは残念です。

週刊 東洋経済 2010年 2/20号 [雑誌]
東洋経済新報社

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