十字架

 「十字架」(重松 清 著/講談社 刊)を読み始めました。ブックファーストで。

 4人家族、母親・父親・弟、そして中学2年生であり、首をつって自殺した藤井俊介の事件から、物語が始まります。

 藤井俊介、通称フジシュンは、気が弱いが弟思いの少年。

 中学2年生になり、クラス替えがあり、そこに、問題児の2人が一緒のクラスになったkとが、自殺への引き金になったのでした。

 昔から、問題児担当も教員というのは体育教師と決まっているかのように、柔道高段者の熱血教員が担当になり、まさしく、問題児二人は、頭を押さえられ、大人しくしているかのようでしたが、実は、裏では、陰湿ないじめがフジシュンに対して行われていたのでした。

 何か、本当にありそうな生徒たちの人物設定で、問題児二人は、下手をするといじめの対象になってしまいそうな生徒を使って、いじめをエスカレートさせていたのでした。

 見て見ぬをふりをする級友。

 学校行事に追われる担任教諭。

 そんなとき、9月4日、フジシュンは、買い物に行くといって外出したきり帰ってこなかったのです。

 首をつってなくなっち得うrのが見つかったのは、父親が仕事から帰ってきて、あまりの帰宅の遅い息子を探しに出てすぐのことだったのでした。

 ここから、この本のメインテーマが始まります。

 そう、フジシュンが残した遺書に、4人の生徒の名前が書かれていたのです。

 いじめの首謀者2人には、許さないと。

 ひそかに好きだったと思われる、他クラスの女生徒には、無理やり誕生日のお祝いを送ろうとして断られたのですが、迷惑をかけてごめんなさいと。

 そして、この物語の主人公である、同級生であり、幼友達である真田 裕には、親友になってくれてありがとうと。

 俺が親友?

 納得のいかないながら、葬儀では、フジシュンの父親・あのひとに、どうして親友なら助けてくれなかったんだと詰問されます。

 見殺しにしてしまった十字架が、おもくのしかかり、20年にも及ぶ、長い、贖罪の旅が続くのでした。

 でも、本当に、いじめた子や、周囲の子が、そんなに重く、事態を受け止めるのでしょうか?

 もしかしたら、いるのかもしれませんが........。

 それにしても、振り返ると、生きつづけているということには、贖罪しなければならないことが累積していくということのようで、どこに、救いはあるんだろうかと考えてしまいます。

 どうも、この手の本は、読んでいると涙が出てくるので、通路で立ち読みはつらいですね。

 
十字架
講談社
重松 清

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