ストーリーテラーのほころび

 「ストーリーテラー」と言えば、「聴きたい!」と思わせる魅力的な雰囲気を感じるものなんですが、どうも、今回の地検特捜部の小沢一郎を主人公としたストーリーには、もういい加減にしたらと思わせる、嫌悪感が出てくるようになってしまいました。

 裁判、検察、警察というカテゴリーに分類されるものが、無謬であるなどというのは、多くの人が信じていないでしょうが、今回の、「地検特捜部 + 記者クラブ」合同と思われても仕方ないような、消化不良の脚本を描く人な誰なんだろうと、馬鹿じゃないのと思えてしまいます。

 彼らの方法は、昔から、筋書きをたて、それに合わせた、証拠と供述をそろえていくということの繰り返しで、その脚本が良ければ、まぁ、手法そのものは、取りざたされないですが、根幹には、この筋書きを作成するという過程に、政治性や偏向が、恣意性があるのは当然のことだろ言わざるを得ません。

 どんなに、すぐれたものでも、根幹は、同じで、意図ある一つの作品ではないでしょうか?

 そう考えると、今回の脚本は、あまりにもひどい、というしかありません。

 検察権力を監視すべき、新聞メディアが、まったく、その機能を果たしていないばかりか、それこそ、手先になっているとしか映らないからです。

 記者クラブを含めた官僚機構の特権を死守することしか考えていないことがみえみえですね。

 どうも、相撲の世界も同じで、貴乃花理事立候補に、今だって、相撲協会は改革を行っているし、貴乃花が何を改革したいかわからないという、武蔵川の意見ばかりを言い、これまでの相撲協会の問題を何も取り上げないマスコミが、決して、ジャーナリズムを持っているとは信じられまい状態であることを如実に表しています。

 貴乃花が、このような問題意識のない相撲協会こそ問題なんだということを言っているのは目に見えているではないですか。

 同じように、どうして、これまでの自民・公明+官僚がやってきたことを変えようとしている中で、マスコミは、全く、官僚体質であるがゆえに官僚の手先として宣伝を行い、小沢一郎を引きずり降ろそうと画策しているとしか思えません。

 官僚機構が、つまり、権力の特権階層が、あのてこのてを弄してくるのはわかっている事なんだから、もう少し、国民といわれる人も、見識を持った方がいいと思うんですが、どうなんでしょうか?

 今週号の「週刊朝日」は、元福島県知事をめぐる水谷建設の証言の不可解さ、元大阪高検の裏金告発の問題、金沢とかいう証言者の真実性など一貫して、この間、マスコミが報じてきた小沢一郎ネガティブキャンペーンに対して疑問を投げかけていました。

 また、「週刊現代」では、『立花隆VS宗像紀夫』が取り上げられていましたが、読んでみて、立花隆の発言に、がっかりしてしまいましたね。何でもかんでも、田中角栄と同じであるかのように言わないと気が済まないのか、まぁ、過去の栄光にあてはめるしかないのかと思ってしまいましたね。まだ、宗像紀夫の発言の方が、まともに思えてしまいました。

 ある意味、立花隆ってすごいんだと思っていたのですが、この対談を読んで、がっかりしてしまいました。

 今、求められているのは、官僚機構の再編であり、権力機構の再編であり、少しでも民意が権力を勝ち取れるようにしていこう!!

 検察というストーリーテラーのほころびが、見えませんか?

この記事へのトラックバック