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zoom RSS 談志 最後の落語論

<<   作成日時 : 2009/11/16 20:30   >>

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 「談志 最後の落語論」(立川 談志 著/梧桐書院 刊)が並んでいたので、つい読み切ってしまいました。

 もう73歳なんだそうです。

 ”完全書下ろしの「談志 最後の三部作」第一弾”だということで、残りの2冊は、来年の春、冬に刊行らしいです。

 最初の章だけ読もうかと思って読みだしたら、何のことはない、ブックファーストの通路で、小一時間、立ち読みをしてしまいました。買わなくって申し訳ありませんでしたが、面白かったですね。

 「落語とは何か」ということで始まり、より早く、大量にという人類が発展してきた原理である文明を支える常識というものに対し、その背後に控える文化の中に、”非常識”、そして、”自我”というものを肯定した世界であると述べています。

 みんなが農耕に精を出さないといけない村社会で、俺は、そんなのはいやだと言う自我を通す者たち。

 ヤクザであり芸人である、と規定しています。

 様々な先達の落語家を評価していますが、”三語楼”を高く評価していました。つまり、時代は異なれ、自分と同じような考え方だったんだと思います。

 もちろん、話そのものの評価もしていました。”円朝「真景累ヶ淵」”なども低い評価で、言われてみるとそうだなぁと思ってしまいますが。

 河原乞食という立ち位置で、伝統を踏まえ、すなはち、守破離をしていくには、非常識であるkとはもちろんのこと、その根源にある人間の自我という得体のしれないものを肯定していかなければ、ならないのだと言っているようでした。

 イリュージョンを取り入れ、ディズニーランドの空を走る無数の光線がぶつかるその瞬間のように、話がが交わってできる面白さ・おかしさこそが、落語の醍醐味であることを盛んに述べているようでした。

 談志の想いからすれば、テレビに出て、落語家が常識の正論を吐くということは、落語家という存在基盤を自らが壊しているように思えるんでしょう。

 そういった意味では、もしかしたら、本当に、最後の落語家になってしまうんでしょうか。
談志 最後の落語論
梧桐書院
立川談志

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