村上春樹と小坂修平の1968年

 「村上春樹と小坂修平の1968年」(とよだ もとゆき 著/新泉社 刊)という本を、数週間ほど前に買い求めtていたのですが、ようやく読み終わることができました。

 1968年。全共闘世代・時代といわれる社会で生きてしまったものとして、どう関わり、その後、何を思い、何をしてきたのかを、あの時代に、避けては通れなかった吉本隆明の著作との出会いと影響を語り、その時代を生きてきた、村上 春樹小阪 修平という二人の足跡を絡めて、何を、あの時代からくみ取ってきて、何を大切と感じているかということを、真摯に探求している姿が、そこにはありました。

 著者の徹底した”いま・ここで”という視点は、本書の中核をなす視点であり、全共闘運動の根幹であると捉えているのがよく分かります。

 自然過程として意識が先鋭化し、そこで、先鋭化した意識と、それを生み出した現実とが逆倒して、連合赤軍やオーム真理教など、悲惨な出来事が、実は、まじめであればある程のめり込み、逆倒した現実として作り出されていくということを言っているようでした。

 著者の、その後の、労働運動への取り組み方、そして、生き方、同じ時代を生きてきたものとしては、うらやましいほど、よく考え、行動しているなぁと感心してしまいました。

 評論としての、また、いわゆる歴史としてのあの時代を描く本は結構出版されていましたが、この本のように、時代の洗礼をうけた、多くの人間にとって、生きていくことの中で、ここまで自分の生活と関係させながら述べているものは、他にないように思われます。

 繰り返される、著者の”いま・ここで”という視点に、あ~、そういえば、そうだったんだなぁという気になります。

 こんなことを言うと、著者には失礼かもしれませんが、何か、身近に感じられてきます。





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