神有月

 稲佐浜に来た秋山 眞人が祈祷を始めるとイワシ雲が出現し、スタッフたちは、その雲の流れる方に後を追った。出雲大社に来ると、忽然とその雲は消えた。

 ”週刊 世界百不思議(31)[出雲大社「神在月」八百万の神々絢爛]”(講談社 刊)は、出雲大社の特集です。冒頭の言葉は、世界百不思議取材スタッフが超能力者秋山眞人と取材を開始した記事の出だしに書かれている内容です。

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 10月は、神無月ですが、出雲では、逆に、神有月になるんですね。沿オンなことからでしょうか、出雲大社が特集となっていました。

 「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

あるいは

 「夜久毛多津(やくもたつ)、伊豆毛夜幣賀岐(いずもやえがき)、都麻碁微爾(つまごみに)、夜幣賀岐都久留(やえがきつくる)、曾能夜幣賀岐袁(そのやえがきを)

と歌われ、解釈の違いはあれ、何らかの権力組織があり、ここに宗教的な権威を必要とし、掟を作らなければならないほどの集団の大きさであったことをうかがわせます。

 その八雲に、宗教的なイメージや意味があるとすれば、単なる枕詞以上の何かを指しているのでしょうが、単純に、ここでは、夕映えに映えるイワシ雲とでも考えてみれば、その雲の流れに思いを託すということもあるのかも知れせん。そんなわけで、取材スタッフの奇妙な興奮が伝わってくる文章を読みながら、初期には、100mをも越すであろうという出雲大社の高層建築について書かれたいるのを読むと、どうやってそんなに高い、建物を建築できたのか不思議に思いました。

 何度も崩れて建て替えし、現在の高さになったそうですが・・・・?

 で、一番、興味をそそったのが、『命がけの去勢とその後の権勢 最後の宦官・孫耀庭』という、中国における宦官の話であり、その最後の宦官である孫耀庭という人の話でした。

 貧乏人の子供として生まれた孫耀庭が、村に凱旋した宦官を見て、親に宦官になることの許しを乞い、麻酔もなく性器を切断するというところから説明がされていますが、それを読んでいると、ここまでして、宦官になるということが意味のある時代だったのかと考えさせられてしまいます。

 性器を切除した中国人少年の写真も掲載されていましたが、どうも、宦官自体の存在意義がわかりませんね。

 この本にも書いてありましたが、小さい頃に性器を切断した者には性欲も生じるのだそうで、また、完全に切断できなかった者もいて、その人には生殖能力があるのだそうです。

 そして、極めつけは、そのような命がけのことをしないでも、宦官として周囲を騙す人もいたのだそうです。

 西洋にも、宦官のような人がいたそうで、よくはわからない世界ですね。

 日本に、宦官が流行らなかった(?)理由も書かれていましたが、どうなんでしょうかねぇ~。



古代出雲大社の祭儀と神殿
学生社
椙山 林継

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全体像が描ききれてい ...

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