異形の心的現象

 「新装増補改訂版 異形の心的現象 統合失調症と文学の表現世界 」(吉本 隆明森山 公夫 著/批評社 刊)は、増補改訂版とあるように、2003年に刊行されたものに、「補章2 老いの心的現象論」を追加したものです。

 私は、以前の本を読んでいないので、初めて目にするので、かつて「精神分裂病」と言われていたものが、どうも、「統合失調症」という呼び方に変わっているようだなぁと思い、実は、なぜ、変わったのかという理由を知りませんでした。

 この本で、森山 公夫さんの「統合失調症」に呼称を変えた理由を読んで、あ、そうだったんだと納得しました。

 「統合失調症」が、何らかの組織に、「支配されている
」、「支配している」という、支配妄想が、その病理の根底なるものであるというくだりを読んで、なるほどなぁと思いました。

 また、その病理の段階が、『対人/社会恐怖様段階 → 迫害的幻覚・妄想期 → 夢幻様状態』へと深まっていくということも、なるほどという気がしました。

 なるほどと思うしかないのは、著者が言うような、それまでの精神分裂病の規定というものを知らないからですが。

 それはともかく、この夢幻様状態ということで、吉本は、夏目漱石などの作品に言及していきます。

 一貫して、吉本が森山に問うているのは、人間の精神とは何か、心とは何かということでした

 いまいち、よくわからなかったのが、例によって、吉本の言う、万博の時の富士通パビリオンでの経験としての仮想空間で、鳥瞰としての視線を考えないといけないというところでした。

 それを作品としてあらわしたものとして、宮沢賢治の”銀河鉄道の夜”の中での、ジョバンニとカンパネルラが天の川の停車場で降りて、歩いている部分のシーンをあげていましたが。登場人物、作者の目線に加え、もうひとつ、別の目線がないと、あのようには書けないと言っているあたりが、どうも、いまだによくわからないですね。

 つい最近、チンパンジーが、別のチンパンジーが檻の外にある食物をとるのに、ステッキを渡してやったという映像が流れていましたが、チンパンジーには心があるんですかね。

 なんだかんだ言っても、人間の心とか精神とかは、よくはわからないものですね。

 しかし、吉本のように、幻想領域を構造化してみていくということは、表面をなでるだけの方法と異なり、なんとなくですが、理解しやすくはなるのかもしれませんね。



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