原始の神社をもとめて

 「原始の神社をもとめて―日本・琉球・済州島」 (岡谷 公二  著/平凡社 刊) というタイトルにつられて目を通してみました。

 済州島の神社が、沖縄の御嶽(うたき)に似ているということから、済州島の堂(タン)の調査を行い、原始神社の発祥を追及しています。

 全く知らなかったのですが、済州等の人と朝鮮半島の人では、異なる民族(?)ということで、なおかつ、緯度が紀伊半島ぐらいという地理的事実です。

 ところが、この済州島の堂は、儒教の普及で、いわば潜在化せざるを得なくなり、男の祭礼儀式の皮をかぶった形で残るようになったとのことでした。素のままでは弾圧されたんでしょうね。

 宗教のとらえ方として、面白いと思ったのは、済州島の堂は、お供え物などを放置しておくので腐ってしまい、臭いにおいがするところが多いのだそうで、なぜなら、神聖な地なので、めったに入ってはいけないのだということでした。日本なら、逆に、神聖なのだから、きれいに清浄にしておくという風になると思うのですが、この違いは何なのだろうかと思ってしまいました。

 トトロの森ではないですが、御嶽に見られるような、数本の木と結界でできている、イヤシロチに、女性を中心とした祭礼など、原始的な宗教としての神社という物の姿を通して、沖縄、朝鮮半島、日本のつながりが見えてくるようでした。

第1章 済州島の堂との出会い
第2章 韓国多島海の堂
第3章 済州島の堂とその祭
第4章 沖縄の御嶽
第5章 済州島と琉球
第6章 神社と朝鮮半島
第7章 神社をめぐるいくつかの問題1—縄文・弥生と神社
第8章 神社をめぐるいくつかの問題2—神社は墓か
第9章 聖なる森の系譜
付章 神社・御嶽・堂—谷川健一氏との対話


目次の最後にあるように、谷川健一との対談は、問題点を浮き彫りにするようでよかったですね。

惜しむらくは、文字が小さいので、ルビ文字が読めないということでしょうか?



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