遍照金剛

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zoom RSS 1968(上〉

<<   作成日時 : 2009/07/13 20:38   >>

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 「1968〈上〉 - 若者たちの叛乱とその背景」(小熊 英二 著/新曜社 刊)は、A5判 1091ページという、数冊重ねれば本屋さんの書架を落ちそうになるほど厚い本で、しかも、これは上巻で、今月末には、同じ程度のボリュームの下巻が発行される予定なのだそうです。さすがに、読み応えがあります。

 著者は1962年生まれ。小学校低学年のころのことばかりなので、どういったスタンスで、書かれたのかと思いましたが、”表現”としてとらえるということで、政治的な判断、あるいは運動そのものの稚拙さやブームという視点ではなく捉えようとしているのを見て納得しました。

 ”あの叛乱は何だったのか。”という問いの下、膨大な資料から多角的に論究されていきます。

 本書は全共闘運動をはじめとした「あの時代」の若者たちの叛乱、日本の「一九六八年」を検証する。その目的は、過去の英雄譚や活劇物語として「一九六八年」を回顧することではなく、あの現象が何であったかを社会科学的に検証し、現代において汲みとれる教訓を引きだそうとすることである。そして本書の最後には、冒頭の言葉に、もう一度立ちもどることになろう
同書 序章より


 何故、当時、このような”反乱”という形で、単なる政治運動としてではなく、文化、政治、社会的・・・・といったような総体的な”うねり”として出現したのか、そして、鎮静化された”反乱”は、現代とな無縁なのか? 著者の意気込みを感じます。

 上巻を読み進んでいくと、「王子米軍野戦病院反対闘争」が、それ以降の運動をになった人に大きなインパクトを与えていたということが明かされていて、改めて、そうだったのかと思いました。

 当時、北区に住んでいて、浪人生活を送っており、大規模な闘争があるということで、夜、飛鳥山に、見物(?)に出かけました。そこでは、対峙していた機動隊とデモ参加者との間に、一触即発の雰囲気が漂い、私たち、見物者は、飛鳥山の右から左へ、両者の動きにつれて移動していきました。

 ある時を境に、あちこちで湧きおこる喚声と怒号とで、ゲバ棒と棍棒・催涙弾とが、暗闇で交わります。いつの間にか、音無橋のたもとに、一人の若い機動隊員がデモ隊に囲まれ、ゲバ棒で殴られていました。何故だか、私も、その前の方でいきさつを見ていて、恐怖に怯えた機動隊員の顔と目があったのを思い出します。

 闘争を見物に行ったのは、それ一回でしたが、かなりの期間、野戦病院反対闘争発は続いていました。

 やはり、入試に向かって、受験勉強をしている身にとって、大学に入るとは、何ものかを犠牲にして、ただただ受験勉強をしている、あるいはできている境遇とは一体何なのか? 否が応でも考えさせられてしまいました。

 あれから40年。あの時の自分と今の自分。内を得て何を失ったのか? な医が変わったのか? 考えるには、いいのかもしれません。

1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景
新曜社
小熊 英二

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