ひばり伝 蒼穹流謫

 「ひばり伝 蒼穹流謫(そうきゅうるたく)」(齋藤 愼爾 著/講談社 刊)は、深夜叢書編集長の齋藤 愼爾さんが、書き下ろした美空ひばり讃歌?です。

 運悪く、出版の話が、引越しの途中ということで、集められた資料のすべてを利用できなかったのだそうですが、それでも、分厚い本になっています。

 昭和22年生まれの私としては、美空ひばりは、ジャンケン娘ロマンス娘大当り三色娘花笠若衆ひばり捕物帖など、雪村いずみ江利チエミとの三人娘での現代劇や、東千代介大川橋蔵などの時代劇ものの映画を、母と一緒に見に行って、しゃきしゃきした人なんだなぁという記憶が強く残っています。

 情報源は女性自身、平凡であり、映画でした。そこに出現する美空ひばり、はスターだったんですね。華やかな世界の人であり、著者のような、美空ひばりに寄せる思いは、正直、なかったといえます。

 著者が終戦時には、すでに小学生であり、孤島に暮らしていて、忘れられた島であるかのように、ドサ回りの一座の、本当は学校に行かなければならないだろう自分と同じ年頃の少女が歌う美空ひばりやときたまやってくる映画での美空ひばりの存在に、自身の生きる姿、意味を重ね合わせているのがよくわかります。

 小林秀雄ランボーを論じるように、著者は、美空ひばりを論じるかのようです。

 著者の戦争体験も天皇のポツダム宣言受諾の玉音放送もリアルタイムには経験していないので、美空ひばりに人生を重ね合わせるという発想は、著者の時代に特有のものなのかもしれません。

 ただ、私も、小学校に上がる時に東京へ出てきて、町には、傷痍軍人救世軍バラック小屋浮浪者などもかなりおり、まだ、多少とも戦争の爪あとは残っていましたので、暗いなかで、美空ひばりの映画や歌には、何か、癒されていたような気がします。それは、当然、著者たちのような身に迫る思いとは違うのですが。

不思議ですが、私が物心がつくころにうたった、越後獅子の唄が、私は大好きでした。
笛にうかれて 逆立ちすれば
山が見えます ふるさとの
わたしゃ孤児 街道ぐらし
ながれながれの 越後獅子

西条八十が作詞したこの歌を聴いていると、売られた娘が、親方にいじめられながらも越後獅子を踊り、旅を続ける悲しい場面を思い浮かべてしまいます。

 リンゴ追分私は街の子悲しき口笛といった歌を歌っていたころから時代を下り、真っ赤な太陽、そして極めつけは、川の流れのようにを歌うという変遷を、著者は悲しんでいるようでした。

 凡庸に言うならば、ひばりの前にひばりなく、ひばりの後にひばりなし。

ひばり伝
講談社
齋藤 愼爾

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「美空ひばり」の「のどぼとけ」
日本文学館
宮路 清麿

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「美空ひばり」と「詩人」、「芭蕉」が悟らせる「訓導」の「意味」
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