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zoom RSS 幻の1940年計画

<<   作成日時 : 2009/04/08 17:39   >>

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 「幻の1940年計画 -太平洋戦争の前夜、“奇跡の都市”が誕生した」( 指南役 著 /アスペクト  刊)は、日本のエポックメーキングの年であった1940年に焦点を当て、その年に開催され、あるいは起工されう予定だった4大事業の発案の経緯から、戦争がなく、予定通りそれらが実現していたらどうだったかということを、描いています。

 私たちは、つい、戦前というのは、暗い閉塞した時代が続いていたのだと思いがちですが、1930年代、5.15,2.26,国連脱退などという政治的な変動がありながらも、実は、国民経済は、大恐慌の被害から、比較的早く脱出し、それなりの繁栄し、それなりに豊かな市民生活を送っていたと書いています。

 そんな1930年代に、オリンピック、テレビ放映、万国博覧会、高速鉄道の4つの大きな事業計画が作成され、1940年に、オリンピックと万国博が開催され、テレビ放映も開始される予定だったのだそうです。そして、高速鉄道の起工の年でもあったのだそうです。

 本書を読んでいくと、テレビなどの街頭実験放送なども行われており、もしかしたら、本当に、これらの事業がおこなわれていたのかもしれないと感じてしまいます。私が思っていたより、はるかに実現性の高い技術水準にあったようです。

 しかし、これらの計画は、1940年の戦争拡大により、すべて頓挫してしまうことになるわけです。

 これらの計画が実現するのは、戦後の高度成長の時代になるわけですが、それらの背景には、このような下地があったのだと再認識させてくれました。

 それにしても、当時の日本万国博の入場券が、大阪万国博覧会で使用できたのだとは知りませんでした。なぜなら、幻であった万国博覧会は、”延期”だったからなのだそうです。こんなことがあったなんて、まったく知りませんでした。

 そして、これらの事業素案が、一人、後藤 新平にあるということを知り、驚かされました。

 1930年代と現在の時代んをアナロジカルに見立てている筆者(達)は、後藤 新平のような、21世紀のグラウンドデザインのできる指導者を待望しているようでした。

 意図はどうであれ、そうだったんだと思える内容で、面白かったですね。



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