遍照金剛

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zoom RSS 14歳のための日本国憲法

<<   作成日時 : 2007/07/21 18:45   >>

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 「DAYS JAPAN 2007年8月号」の特集は、『14歳のための日本国憲法』となっていました。

DAYS JAPAN
 
 
 現在の日本国憲法、それに対する自民党の改憲案があわせて掲載され論評されています。

 問題点は、憲法9条第2項の”陸海空軍といった軍事力をもたない”という条項を削除していることにあると述べています。

 確かに、世界では、憲法9条第1項が述べるような平和への誓いを記述している憲法は多くあり、しかし、現実的には、そのような憲法と裏腹に、戦争を行ってきたということはいえるのかもしれません。したがって、軍隊そのものを持たないと規定した憲法9条第2項は、ある意味画期的な条項といえます。

 ここで問題は、現実の社会において軍隊を持たないことがありうるのだろうかということになります。他国から攻められたらどうするんだというのが、多くの人が危惧する感情ではないかと思います。まさに、この点をついて、軍隊を持ち集団的自衛権を許すべきだという意見が出て来る要素があり、ある程度の支持を得るに至っているのだと思います。

 しかし、考えなければならないのは、

 @侵略と自衛とどう切り分けられるのか。自衛のためといって侵略するという図式は、戦争では日常茶飯事であり、正義と自衛を謳わない戦争はないともいえます。つまり、現実的には切り分けることが出来ないといえます。

 A自衛のための軍隊を持つとして、では、一体どれだけの軍事費を準備しなければならないのか。
 ベトナムにしてもイラクにしても、結局は、あの強大な軍事力を誇るアメリカですら、思うように行かないわけですから、最終的に自衛をするというのは、軍事力ではなく、国民の意志力のような気がします。
 膨大な軍事費を払っている軍事国家である北朝鮮などを見れば、いかに、軍事優先で国民が、本末転倒的に苦渋をなめていることか。

 B毅然とした外交力を示せないのは、軍事力の背景が弱いためではないのではないでしょうか?
 週刊誌で漏れ聞く話としては、外国に駐在する日本大使館の大使の傲慢さと無能力、自己保身の権化ともとれる姿です。まず、こんなことで外交の一線がいいのだろうかと感じてしまいます。ロシアの日本大使館の豪邸ぶりなど、目にあまる実情が伝えられています。
 対アメリカ、対北朝鮮にしても、外交という姿が見えてきません。

などなどがあります。

 私が思うには、今の状態での自衛隊でいいのではないのかという気がします。憲法を変える必要も無いのではないかと言う気がします。理想と現実の落としどころのような気がしていますが、どうなんでしょう...?

 例えば、久間元防衛大臣が、自衛隊の次期戦闘機の候補にF−22Aラプターを考え、アメリカに検討資料の公開などを要求していましたが、この戦闘機、基本的には、迎撃機ではなく、戦闘攻撃機であり、しかも、高高度での敵地侵攻力が高いばかりか、今後の戦闘方法を変えてしまう、見えない地点からの攻撃力を持っているもので、一機、250億ともいわれる金額を含めて、あえて必要なのかと問いたくなります。侵略する気があるからほしいのではとかんぐられても仕方ないですね。

 防衛省格上げ、核発言、次期戦闘機、憲法改正要求などを見ていると、市場原理主義の産業界にあいまって、あらたなる経済的進出の後衛としての国家権力である軍隊、巨額な軍事装備品の販路の拡大を求めているような気がしなくもありません。

 しかし、どうしても、「自分の身を守る=国家を守る、郷土を守る=国家を守る」という論調が多く、何故、守る力を持ってはいけないんだという思いを払拭するのは難しいですね。

 「DAYS JAPAN」の特集を、きちんと子供たちと話し合える人が、どれだけいるのかと心配してしまいます。

 それから、”コラム「OUTLOOK」斎藤 美奈子 文)”では、『米下院をも敵に回した意見広告の墓穴の掘り方』 が取り上げられていました。

 この中でいわれているように、一番アメリカを怒らせた、終戦後の占領軍の慰安所設置が米軍の意図ではなく、日本からの幇間的な申し出に基づくものであったとするなら、何をかいわんやですね。

 ところで、今月号で、一番印象に残ったのが、『牛肉ができるまで』(西谷 格 写真・文)でした。雄牛の精液の採取から、人工授精の方法、そして、生まれた子牛を育成し、最後は、屠殺し、ブロックになり、食べられるところまで、写真に撮られています。

 屠殺では、何かピストルのようなものが牛の頭にあてがわれています。引き金を引くと、鉄の棒みたいなものがでてきて、頭に刺さるのだそうです。てっきり、首を切り落とすのかと思っていましたので、へぇ〜と思ってしまいました。

 屠殺の道具があてがわれている牛の眼を見ると可哀想になってしまいます。でも、人間が生存するということは、このように、幾多の生物の犠牲の上に成り立っているわけなので、可哀想というだけでは、どうにもならないですね。

合掌 by 遍照金剛





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コメント(21件)

内 容 ニックネーム/日時
>迎撃機ではなく、戦闘攻撃機であり
いいえ制空戦闘機です

>今後の戦闘方法を変えてしまう、見えない地点からの攻撃力を持っているもので
日本が持ちたい計画をする前から中国らは研究開発を開始してますが?

>侵略する気があるからほしいのではとかんぐられても
戦闘機でどうやって敵地攻撃をするのか具体的な戦略案を聞かせてください相当なミリオタの私ですがミリオタ程度の知識の私では考え付いたことがありません。
戦闘機程度が爆装しても大した量でもありませんしね。
AAM
2007/07/21 19:31
 安全保障政策は、一国平和主義の閉鎖的な思考回路で議論する時代ではない。自国の安全保障と平行して、地球規模の平和をどう考えて、その実現にどう関わっていくかの二本立ての政策を用意する時代だ。自衛隊法が改正されて海外派遣が通常任務に昇格した理由だと思う。
罵愚
2007/07/22 04:39
>AAMさん こんにちは
 制空支援を目的としているというご指摘ですが、迎撃というよりは、制空ということ了解しました。多用途戦闘機としての制空ということでよろしいでしょうか。
 私(軍事オタクではありません)が問題としているのは、足の長い航空機で、なおかつ対地攻撃力を有するものが、何で必要なのかということであり、百歩譲ってその能力が必要だとしても、250億円、あるいはもっと高額なものを運用経費を含めて、他の財政を圧迫してまで必要なのかということです。
風来末
2007/07/22 23:08
>AAMさん こんにちは(続き)
 中国が持っているからとかというのでは、まるで子供の話になってしまいますよね。もし、そういう論理が正しいとするなら、世界中の何処の国も、他国と同じ武器をもてるということで、北朝鮮などの核やミサイル保持を否定できませんね。
 世界中が軍拡であり、儲かるのは、軍需産業のみ。世界中に出回っている武器で多くの人が不毛な争いで死んでいっているということに、どう対応するんでしょうか? 軍拡の逆の道を探るしかないのではないでしょうか。
 一発の投下爆弾(1,000 lb)が及ぼす被害が、大きいか小さいかは知りませんが、人は死にますよね。問題なのは、対地攻撃力の大小ではありません。
風来末
2007/07/22 23:09
>罵愚さん こんにちは
 世界的な紛争に対して、解決の方途として軍隊を送りこみ、軍事介入をしなければならないのでしょうか?
 果たして、そのとき、どちらの言い分が正しいといえるのでしょうか?
 「一国平和主義の閉鎖的な思考回路で議論する時代ではない」と仰ることはよくわかります。
 それが、軍事行動に、即つながるのでしょうか? それなら、超巨大軍事力を持つアメリカでも出来ないことを日本がやれるわけないですよね。
 また、ベトナム戦争のように、訳のわからない戦いに狩り出され死んでいったり、廃人になったりするところに、同朋を送り出すんでしょうか?
 海外派兵をしない=一国平和主義ですか?
風来末
2007/07/22 23:21
 戦争や紛争を防止する手法はふたつですね。実力で制圧するのと、法律で解決するのです。法にのっとって、話し合いで解決できれば、それに越したことはないのですが、それが決裂したときの最後の手段としての、強制力としての武力を否定しては、話し合いも実効性を失います。そのケースでは『海外派兵をしない=一国平和主義』に該当すると思う。
罵愚
2007/07/23 04:09
>罵愚さん こんいちは
 疑問が二つあります。
 解決策が、「実力制圧か法律」ということですが、外交というのは、一概に分けることは出来ないと思いますが。
 それ以前に、紛争が、正悪という単純2元論ならば、そういうこともあるのかもしれませんが、そんなことはないですね。歴史的背景、強者の弱者への弾圧など、単純2元論では住まいない場合の方が多いと思います。
 2つ目としては、「強制力としての武力を否定」というくだりは、では、どれだけの力を持ったら有効な物となるんでしょうか・
 例えば、アメリカと問題が生じた時、どうなんですかね。
 外交力は武力ではないと思うのですが、いかがなんでしょうか?
風来末
2007/07/23 14:32
 話題が多元化しているので、とても全部に解答できません。ひとつひとつにしぼって説明しますから、そのつど答えきれないところは再度、せかしてください(笑)。
 戦争の開戦責任は、国際法の究極の話題なんでしょうが、正戦論から無差別戦争観を経て、国際連盟の誕生が現在の戦争法規の骨格を形成していると思う。そこでつくられた不戦条約では、侵略戦争が禁止されています。その後、第二次大戦が起きて、国際連合では人道犯罪が追加されている。つまり、現在の、国際法のもとでは、侵略戦争と人道犯罪さえおかさなければ、主権国家の安全は国際社会から保障されている、ということです。
 人道犯罪については、ナチスドイツが、決定的なサンプルを提供して、理解しやすいのですが、侵略戦争に関しては…あなたのご指摘のとおり、微妙な判定に持ち込まれるケースが大多数です。
 最近では、イラクのクウェート侵攻が、きわめてすっきりした侵略戦争の実例だと思う。
罵愚
2007/07/24 06:25
>罵愚さん
 ご丁寧にご返事をいただきましてありがとうございます。
 コメントも、500字ということで、きちんと書こうとするとすぐにオーバーしてしまうので、なかなか話を深めるというのも難しいですね。
 アメリカを中軸とした政治的な力関係。資本主義のつぎの見通しが画けない経済。民族、宗教、など文化によって異なる民主主義の社会形態。
 こういった複層構造を持つ世界だからこそ、日本の歩んできた方向性の彼方を明確にし、外交努力をするということが、それこそが国際貢献(アメリカ貢献ではなく)につながるのではという気がしてなりません。
風来末
2007/07/24 22:40
 それはやはりアヘン戦争の衝撃にはじまる西欧近代との戦いだと思います。キリスト教を骨格にした近代文明が近代科学で武装して地球征服をたくらんだわけです。アフリカの飢餓問題にしろ、中東問題にしろ、中南米の不安定にしろ、アメリカと呼ぶ人口国家の横暴さえも、いま新聞やテレビのトップニュースの配信もとは、ここにつきると思う。
 かれらは、かれらなりに戦争防止のルール作りに努力はしたと思う。遅まきながら、ウィルソンの14か条を出してきたわけだ。しかし、それはキリスト教徒の内部規約であって、有色人種は適用外だった。全人類がそれを共有できる…つまり、人種差別の撤廃が日本の近代外交の基本路線だった。第一次大戦後、国際連盟の常任理事国としての日本外交は、その国際環境や時代的背景を勘案すれば、現在の国連常任5カ国の合算に匹敵する成果をあげていると思う。かれらにすれば、おもしろくない歴史的事実だから、無視して語らないのは無理からぬところだが、日本人子弟の学ぶ歴史のなかからこれを抹殺している事実には、疑問を感じます。
罵愚
2007/07/25 05:18
>罵愚さん
 そうですね。キリスト教的な世界観、近代科学の発展、資本主義の帝国主義的な膨張など、偏った正義を感じてしまいます。
 悲しいことに、肌の色での差別というのもなくなりませんし、また、昨日のNHKでのリトルバクダッドの中で、シーア派民兵が言っていた”イスラムの世界”の具現化のためには戦いをするというような逆立ちした考えを聞くと、どうしたらいいのかなぁと思ってしまいます。
風来末
2007/07/25 21:02
 連盟は自決の原則と侵略戦争の禁止を提唱したが、それは旧来のヨーロッパにドイツ以東の東ヨーロッパを加えた領域を念頭においたものに過ぎなかった。あなたのご指摘するアラブ諸国が、その実例で、かれらの歴史的伝統は顧慮されることなく、植民地宗主国のご都合により引かれた直線の国境とイスラエル建国が、現在の中東問題の原因だ。第二次大戦後は、それに石油利権がからんだ。
 国際法は文明人の専有物で、未開な植民地土民には適用されないという人種的偏見への挑戦が日本の近代史であり、大東亜戦争の戦争原因でもあった。開戦理由はふたつあって、日本の主権と国益を防衛する防衛戦争と、近隣アジアの独立解放戦争だったが、ふたつともそれを支えている国家理念は、西欧近代の人種的偏見への抗議だった。
 日本の近代をすなおにふりかえれば、ごく自然に看取される歴史認識なんだが、データを改竄し、イデオロギーで着色し、はじめに結論ありきの話法で洗脳された三世代の日本人が社会に充満して、現状がある。
 そのマインドコントロールが解かれないかぎり、この話題は無駄なような気もする。
罵愚
2007/07/26 04:57
>罵愚さん
 たしかに、”データを改竄し、イデオロギーで着色し、はじめに結論ありき”ということは、歴史を語るときには、多いような気がします。
 ある意味では、自分の都合のいいデータの選択・解釈しかできないという限界を人間は有しているような気がしますが、そういった多くの個人的な考えを相対化していくのは難しいのでしょうね。
風来末
2007/07/26 18:33
 いやいや、そんな水で希釈したような薄味な議論をしたいのではありません。一般論なんて、ここではどうでもいいのです。
 われわれがいま安住している戦後民主主義と呼ぶ政治体制が、はたして、その実態はドロ舟ではないのか。日本人は常識はずれの航海をしているのではないのか?の疑問です。
罵愚
2007/07/27 05:41
>罵愚さん
 「戦後民主主義」という枠組みをどう捉えるかで、違ってくると思うのですが、戦後に生まれたものとしては、想像の範囲で思うところの明治からだ第二次大戦前・戦中の社会より、”戦後”の方がいいのではないかと思います。
 あえて、ここで、”戦後民主主義”としなかったのは、”戦後”がいいのか、”民主主義”がいいのか不分明だからです。
 戦後の世界交通の急速な発展、経済社会の世界化などのような戦後の世界体制がもたらすものと、日本型民主主義とでも言うような、天皇制を象徴とした民主主義と、社会資本主義というか、官僚統制型の資本主義を選択し経済成長をしてきたということを考えると(世界がどろ船ではないかということはさておき)、戦後生み出されたものを含め、閉塞状況に陥り、展望のない時代にあると思われます。
 ”日本が常識はずれの航海”をしているかどうかはわかりませんが(”常識”ということがハッキリしないので)、”泥沼で脚をとられている”と思うような状況に感じてはいます。
 このようなときだからこそ、神風を信じず、きちんと、来た道を振り返るべきだと思っています。
風来末
2007/07/27 21:36
 アヘン戦争後の日本の選択肢は、フィリピンやインドネシアのように欧米の植民地になるしかなかったわけです。それを回避するためには、西欧の近代的な軍隊と戦うしかない。戦って、負ければ、植民地にされてしまう運命しかなかったわけです。地球上の有色人種の…それは非キリスト教徒といいかえてもいいのですが、共通した運命でした。
 そのとき日本はみずからが近代化して、西欧列強とおなじ植民地列強に生まれ変わることで、植民地化を回避したのです。そして、列強になったということは、つぎには植民地分割競争に勝ちつづけなければならない、あたらしい生存競争への参加だった。
 決勝戦か、潤決勝戦かはともかく、かなり優勝にちかいところで、そのトーナメント戦に負けて、日本はアメリカに従属した。それが戦後民主主義の時代、現代ですね。だから、敗戦によって強制された政治体制であって、日本人が選択した政治体制ではない。戦前と比べて、いい時代だったという、あなたの評価は、なにを評価の基準にしているのかの疑問を生みます。
罵愚
2007/07/28 15:51
>罵愚さん
 私の評価の機軸は、”暮らしやすさ”という点にあります。前にも述べているように、戦前に生きているの訳ではないので、想像上での比較になります。そして、体制の上で言えば、国民主権になったこと、徴兵制がなくなったことですね。
 罵愚さんの意見では、いわゆる日本は仕方なしの戦争を行い、敗北し、戦後民主主義という政治体制を強制されたという論点になるのかと思いますが、本当に避けられなかったのか? ということが言えるのではないかと思います。
 帝国主義列強に伍して行くという考え方には疑問が残ります。それから、アジアの被植民地化を防止・解放するための戦いであったということには、一面の結果をフィードバックさせて戦争を語ることでしかないような気がします。
 ですから、開戦の意思・思惑と非植民地化の正義の戦争であったという、罵愚さんの総括には、諸手をあげて、”そうですね”とはいえませんね。-->(続く)
風来末
2007/07/28 21:57
>罵愚さん(続き)
 押し付けられた民主主義であり、日本人が選択した体制ではないということですが、したたかに財閥解体から近代資本主義体制へ移行したのは日本人であり、憲法草案にも日本人が絡んでいたという子泊まりますし、何しろ、全く日本人が憲法を含め、戦後の政治体制が嫌だったら、終戦後のもっと早い時期に、ううまくいい手なかったと思うのですが。
 ともかく、日本人が、戦後体制を受け入れたからこそ、今があるのではないでしょうか?
 例えば、日本人に国民主権の体制が出来たでしょうか。
 言葉は悪いですが、敗戦を道具にして、したたかに繁栄を築いたという日本人の姿を見ないといけないような気がします。
 戦後民主主義を超える民主主義国家というのは、どんな像なのでしょうか?
風来末
2007/07/28 21:58
 相変わらず多元的なご質問に対して、極限的なレスしかできない非才が恥ずかしいのですが、はじめに議論の前提になる部分にお答えいたします。
 戦前と比較して、戦後は暮らしやすいというご認識ですが、ふたつの時代区分があいまいですね。昭和21年は…あきらかに戦後ですが、飢餓と飢饉の時代でした。平成19年の参院選は政治的変革をもたらす予想ですが、これって、国民の暮らしへの不満のあらわれでしょう。暮らしやすい世の中なら、自民党は安泰だったのではありませんか。
 反対に、大正のはじめから昭和5年ぐらいまでの20年間ほどの日本人の暮らしは、物質的にも精神的にも充実したものだった。戦後のどの時代と比較しても、戦前のこの時代のほうが、国民は暮らしやすかったと思う。
罵愚
2007/07/29 04:08
 政治は、国民の不満を和らげるために、前政権の悪口を言います。維新政府は徳川時代を非難したし、戦後レジームは、すべての責任を軍国主義に押しつけて、戦後は暮らしやすいといいます。
 日本の近代は、アヘン戦争にはじまって8月15日終わると思いますが、それを戦前の暗黒時代と呼ぶ黒一色の時代認識で終わらせないで、もうちょっとていねいに読み直す必要があるともいます。
罵愚
2007/07/29 04:08
「牛肉ができるまで」の写真と文を書いた西谷です。「一番印象に残った」と言って頂き、どうもありがとうございます。

屠畜の際はピストルのような道具で気絶させた後、もちろん首も切り落とすのですが、ページが限られていたため掲載することができなかったようです。なので、私から見るとかなり断片的ではあるのですが、それでも「屠畜」について想像して頂けたのは嬉しいです。

屠畜については色々な考え方があるとは思いますが、私は「可哀相だけれど仕方がない。感謝して食べよう」と考えています。なので、それと同じように感じて下さったのでしたら、嬉しく思います。

どうもありがとうございました。

西谷格
2007/09/02 14:24
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